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2023年3月18日
小さな谷川の底を写した二枚の青い幻燈げんとうです。
蟹の子供らはもうよほど大きくなり、底の景色も夏から秋の間にすっかり変りました。
白い柔やわらかな円石まるいしもころがって来、小さな錐きりの形の水晶すいしょうの粒や、金雲母きんうんものかけらもながれて来てとまりました。
そのつめたい水の底まで、ラムネの瓶びんの月光がいっぱいに透すきとおり天井では波が青じろい火を、燃したり消したりしているよう、あたりはしんとして、ただいかにも遠くからというように、その波の音がひびいて来るだけです。
蟹の子供らは、あんまり月が明るく水がきれいなので睡ねむらないで外に出て、しばらくだまって泡をはいて天上の方を見ていました。
『やっぱり僕ぼくの泡は大きいね。』
『兄さん、わざと大きく吐いてるんだい。僕だってわざとならもっと大きく吐けるよ。』
『吐いてごらん。おや、たったそれきりだろう。いいかい、兄さんが吐くから見ておいで。そら、ね、大きいだろう。』
『大きかないや、おんなじだい。』
『近くだから自分のが大きく見えるんだよ。そんなら一緒に吐いてみよう。いいかい、そら。』
『やっぱり僕の方大きいよ。』
『本当かい。じゃ、も一つはくよ。』
『だめだい、そんなにのびあがっては。』
またお父さんの蟹が出て来ました。
『もうねろねろ。遅おそいぞ、あしたイサドへ連れて行かんぞ。』
『お父さん、僕たちの泡どっち大きいの』
『それは兄さんの方だろう』
『そうじゃないよ、僕の方大きいんだよ』弟の蟹は泣きそうになりました。
そのとき、トブン。
黒い円い大きなものが、天井から落ちてずうっとしずんで又上へのぼって行きました。キラキラッと黄金きんのぶちがひかりました。
『かわせみだ』子供らの蟹は頸くびをすくめて云いました。
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