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タイトルのところ

2023年3月20日

小さな谷川の底を写した二枚の青い幻燈げんとうです。

お父さんの蟹は、遠めがねのような両方の眼をあらん限り延ばして、よくよく見てから云いました。


『そうじゃない、あれはやまなしだ、流れて行くぞ、ついて行って見よう、ああいい匂においだな』


 なるほど、そこらの月あかりの水の中は、やまなしのいい匂いでいっぱいでした。


 三疋はぼかぼか流れて行くやまなしのあとを追いました。


 その横あるきと、底の黒い三つの影法師かげぼうしが、合せて六つ踊おどるようにして、やまなしの円い影を追いました。


 間もなく水はサラサラ鳴り、天井の波はいよいよ青い焔ほのおをあげ、やまなしは横になって木の枝えだにひっかかってとまり、その上には月光の虹にじがもかもか集まりました。


『どうだ、やっぱりやまなしだよ、よく熟している、いい匂いだろう。』


『おいしそうだね、お父さん』


『待て待て、もう二日ばかり待つとね、こいつは下へ沈しずんで来る、それからひとりでにおいしいお酒ができるから、さあ、もう帰って寝ねよう、おいで』


 親子の蟹は三疋自分等らの穴に帰って行きます。


 波はいよいよ青じろい焔をゆらゆらとあげました、それは又金剛石こんごうせきの粉をはいているようでした。



        *



 私の幻燈はこれでおしまいであります。



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